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少年誌は「なつ漫」の宝庫(3)
 戦後の子ども漫画は、月刊誌を主流としてスタートした。
 手塚治虫の登場と、彼に刺激された戦後の漫画家たちが、新たに創刊された多くの
 漫画雑誌で活躍する。
 そして、私たちの「なつ漫」の多くが、この頃に生まれた。

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●森田拳次
 桑田次郎や一峯大二と同門だったが、絵の方はさほど上手く
 なかった。
 むしろ、ギャグのセンスで漫画家として活躍していたと思う。

「丸出だめ夫」は、現在であれば流行語大賞がとれるくらい
 流行った。
 かたや少年サンデーの「おそ松くん」、片や少年マガジンの
「丸出だめ夫」というくらい当時のギャグ漫画の人気を2分した。
 なにをやってもダメな丸出だめ夫は、なんとなく「ドラえもん」
 ののび太と似ていた。
 あれほどダメな丸出だめ夫がいるから、自分はまだ彼よりは
 ましだな、と多くの小学生に安心感を与えた(?)漫画でも
 あった。

 登場したロボットの名前が「ボロット」だった。
 安易な名前だが「丸出だめ夫」という漫画には合っていたかも。

「だめ夫」は、「だめお」とも読めるが、「だめおっと」とも
 読める。
 じつは、この「だめおっと」を主人公にした面白い漫画がある。
 面白いというより、かわいそう、といったほうがいいかな。

 そう、「ダメおやじ」だよね。


●古谷三敏
「ダメおやじ」は強烈だった。
 競輪にのめりこんだダメおやじが、家族から相手にされなく
 なったり、しまいに自殺まで考えるようになる。
 ギャグ仕立てだから、ところどころでクスクス笑ってしまうが、
 じつはものすごく悲壮感の漂う内容だった。

「ダメおやじ」の連載時期は、現代のような経済不況ではなく、
 バブル期に入る前だから、むしろこれから景気が良くなる時期
 だった。
 だからよかったのかもしれない。
 現代のような経済不況下で、こんな悲惨なサラリーマンを描い
 たら、とても人気が出たとは思えない。

 というより、出版社が連載させてくれないだろう。
 この漫画が少年サンデーに連載していたのが不思議なくらいだ。
 どちらかといえば青年誌の部類だと思う。

 古谷三敏は、手塚治虫や赤塚不二夫のアシスタント経験がある。


●赤塚不二夫
「おそ松くん」や「天才バカボン」を知らない者は、日本人では
 ニャイのだ。
 それくらい超有名ナーノダ。

 六つ子が登場する「おそ松くん」は面白かった。
 ただ漫画的にみんな同じ顔なので、ふきだしをちゃんと読まない
 と、誰がおそ松くんで、十四松くんで、トド松くんで、カラ松
 くんで、チョロ松くんで、一松くんだかわからない。

 横山光輝の「魔法使いサリー」にもよし子ちゃんの弟が3つ子で
 登場するが、同じ顔がたくさんあると、話を作るのは楽かも
 しれない。
 もちろん、読んでいても面白い。

 赤塚不二夫は、ヒット作をたくさん描いている。
 他にも、「もーれるア太郎」や「レッツラ・ゴン」などがある。
 彼はギャグの天才である。

 ところが、ギャグ漫画家でありながら、少女漫画でデビューし、
 りぼんで「ひみつのアッコちゃん」という超売れっ子漫画を執筆
 している。
 非情に繊細なハートの持ち主と見た。
 ちなみに、手塚治虫や石ノ森章太郎、横山光輝、ちばてつやなど
 も、少女漫画でヒットを飛ばしている。

 赤塚は古谷三敏や長谷邦夫らとフジオ・プロを設立し、そこから
 土田よしこ、とりいかずよし、北見けんいちらが巣立って
 いった。


●土田よしこ
 マーガレットで発表した「つる姫じゃ」を読んだときは驚いた。
 女性の漫画家でここまで描くかというくらい、過激で破壊的な
 笑いだった。

 時代は定かではないが、おそらく江戸時代だろう。
 普通、「お姫さま」といえば、可愛くて奇麗なイメージがある。
 ところが、つる姫はちがう。可愛くないし奇麗でもない。
 しかも、なんとカッパハゲのいたずら好きの姫さまだった。
 そのつる姫が城の内外で大騒動を巻き起こすという設定だった。
「わたしはしじみ!」も面白かったぞ。


●前谷惟光
 ギャグ漫画の大先輩に前谷惟光や山根赤鬼、山根青鬼、
 山根一二三らがいる。

 前谷惟光の「ロボット三等兵」は、三等兵のロボットが主人公
 だが、戦争物にしては随分とのんびりした雰囲気の漫画だった。
 さほど緊張感もなく、「のらくろ」のような淡々とした展開
 だった。
 ところが、「のらくろ」は戦前からの漫画だが、「ロボット
 三等兵」は戦後漫画なのだ。

 戦後になって、少年クラブに連載された。
 おかげで、「のらくろ」のように、戦争のために利用されること
 がなかった。
 戦前に発表されていたら、間違いなく戦意高揚に利用されたで
 あろう。

 ロボット三等兵は、ロボットのような強力な兵器として働くのか
 と思いきや、人間となんら変わらないのである。
 また、ロボットとしてストーリィの展開に絡んでくるわけでも
 なく、ただ単に単体としてロボットであるだけで、中味は人間と
 同じである。
 したがって、ドラマ的にも人間として扱われている。

 腹が減ったら飯を食うし、昼寝もする。
 ときには川の中に立たされて人柱に使われたこともあった。
 ある時は、爆弾を背負わされて鉄条網に突撃したり、二等兵の
 下の三等兵(実在しない)として道具のように非人間的な労働を
 強いられる。

 ギャグ漫画仕立てだから、読んで笑いもするが、戦争について
 考えさせられる漫画だった。
 なぜか、印象強い漫画である。

 前谷惟光の描く漫画はロボット物が多く、他にも「ロボット
 おまわりさん」「ロボットくん」「ロボット一家」「ロボット
 坊や」などがある。

 ロボット物ではないが、「火星の八ちゃん」という、火星人を
 扱った漫画も描いている。
 昔は「火星人」といえば「タコスタイル」が定番だったように、
 八ちゃんもタコスタイルだった。


●山根赤鬼・青鬼
 山根赤鬼と青鬼は双子の兄弟である。
 青鬼が兄で赤鬼が弟である。共に有名な漫画家だ。

 山根赤鬼の「よたろうくん」は面白かった。
「よたろう」といえば、「愚か者」のことである。
 落語では、無知なせがれを「よたろう」と呼んでいる。
 「よたろうくん」は、まさにこのような主人公だった。
 ちょっと古いギャグだが、懐かしい漫画である。

 兄の青鬼は「めだかちゃん」などの漫画を描いているが、どちら
 かというと「名たんていカゲマン」などの挿し絵で有名だ。


●山根一二三
「ごろっぺ」に出てくる「ああ、ごろっぺよ」というセリフが
 懐かしい。
 なぜか、いつも忘れられてしまうごろっぺだった。
 山根一二三はダジャレ漫画が得意だった。
板井れんたろう
「おらあグズラだど」は怪獣グズラが主人公のギャグ漫画だった。
 TV放映の主題歌を作詞したのが、元東京都知事の青島幸男だった。
 歌っていたのは谷啓だったと思う。

 ビックラ島で生まれたグズラは、鉄が大好物で口から火を吹く。
 当時は、「ゴジラ」などの怪獣ブームもあって、大人気だったん
 だよ。

 ただ、ネーミングは明らかに「ゴジラ」からとってるよね。
 あの頃は、怪獣といえば名前に「○○ラ」が付くのが 当たり前
 だった。
 たとえば「ガメラ」「モスラ」などもそうだった。
 ゴジラの子どもに「ミニラ」というのもいたね。


●ムロタニツネ象
 山根赤鬼・青鬼や山根一二三と同じ頃に活躍した漫画家に、
 ムロタニツネ象がいる。
 ムロタニツネ象は「わんぱくター坊」を描いている。
 明るいギャグ漫画だったが、少年サンデーには「地獄くん」と
 いう怪奇漫画も載せていた。
 愛車が霊柩車でナンバーが「444」だった。


●水木しげる
 怪奇物といえば、水木しげるを抜きにして語れない。
 水木しげるは「ゲゲゲの鬼太郎」や「河童の三平」「悪魔くん」
 など、ほか多数の作品を描いている。
 とくに「ゲゲゲの鬼太郎」は独特な妖怪の世界を描いた作品で
 現在でも多くのファンがいる。
 目玉の父親が、息子である鬼太郎の持つ欠けた茶碗の中で湯に
 つかっているシーンは、なんとも奇妙で印象に残っている。
 不思議な世界であるが、それだけに印象的だった。

 さらに、水木しげるの描く漫画の背景画は、ほとんどが点描で
 描かれており、他の漫画とは違った趣を醸し出していた。
 そうした表現も妖怪漫画を描くには有利だったのかもしれない。

 また、戦時中の体験から多くの戦記物も描いているが、すべて
 面白い。


●つのだじろう
 怪奇物といえば、つのだじろうも有名だ。
「恐怖新聞」は怖かったなぁ。
 真夜中に配達される「恐怖新聞」というのがあって、この新聞を
 一日読むごとに寿命が百日縮んでしまうんだ。
 冗談じゃないよね。
 あんな新聞が来たらどうしようと思った。

「うしろの百太郎」では人間の背後霊を描いていた。
 私は、この漫画で、今まで知らなかった霊界の世界を思いっきり
 勉強させられた。
 そういえば、「こっくりさん」で大ブームを作ったのもつのだ
 じろうだった。

 ところで、つのだじろうは元々はギャグ漫画家だったんだよね。
 昭和30年代には「りぼん」や「なかよし」を中心に連載して
 いた。
 それが40年代後半になると、突然オカルト漫画や心霊物を専門
 に描くようになった。
 きっと不思議な体験をして、このような転身を遂げたのだろう。


●古賀新一
 「エコエコアザラク」も怖かったなぁ。
 つのだじろうは日本の幽霊を中心に描いていたが、古賀新一の
 舞台は日本で西洋の黒魔術を扱っていた。

「エコエコアザラク」というのは黒魔術の呪文で、黒井ミサという
 女性が主人公だった。


●楳図かずお
 楳図かずおの「へび女」は、床をずるずると擦って蠢いていた。
 その様子は、今思い出してもぞっとするぞ。
「ズルズルズル?」
 本当に怖かった。

 楳図かずおは、「へび女」だとか「半魚人」だとかを、おどろ
 おどろしく描いていた。
 彼は、人間の恐怖というものを描きたかったのだと思う。
 そうでなかったらあんな恐ろしい描き方はできないだろう。
 それでいながらギャグで「まことちゃん」を描いたり、SFでは
「漂流教室」を描いていた。
 しかも、いずれもめちゃくちゃに面白いのだ。
 ギャグでは笑いを追及し、SFでは近未来を警鐘していた。
 彼も、永井豪先生同様、天才なのだろう。

 そういえば、二人とも、パッと見は子供っぽく見える。
 天才とは、そうしたものかもしれない。


●辻なおき
 戦後、力道山が空手チョップで大活躍して、戦争で疲弊した国民
 に勇気と希望を与えてくれた。
 私が子どもの頃は、まだ戦争の傷跡がそこかしこに残る時代
 だった。
 そして、少年漫画にも戦争を扱ったものがたくさんあった。

 たとえば、「のらくろ」や「ロボット三等兵」もそうだったが、
 ストーリィ漫画で戦争を真正面から描く漫画もあった。

「0戦太郎」や「0戦はやと」「0戦あらし」は大好きだった。
 辻なおきはリアルで正確な描写で、ゼロ戦を描いていた。

 0戦は世界最高の戦闘機として太平洋戦争初期は活躍したが、
 その後米軍のグラマン戦闘機などが登場すると、苦戦を強いられ
 るようになった。 
 終戦近くには、特攻機として利用された。

 こうした戦闘機物を読んでいると、主人公たちの活躍より、
 子供心になぜか胸が苦しくなった記憶がある。

 辻なおきはプロレス漫画でも有名だ。
 代表作には高森朝雄(梶原一騎)原作の「タイガーマスク」や
「ジャイアント台風」などがある。
「タイガーマスク」は虎のマスクを被った覆面レスラーだ。
 自分が孤児院で育ったこともあり、孤児院を訪ねて子どもたちを
 励ましていた。
 覆面で素顔を隠すということでは、「月光家面」や「まぼろし
 探偵」などと共通するところがある。
「タイガーマスク」はTV放映されアニメとしても大人気だった。
「虎の穴」という組織名が印象に残っている。


●ちばてつや
 戦争物を描いてスポーツ物を得意とする漫画家といえば、
 ちばてつやを忘れてはならない。

「紫電改のタカ」は、何度読み返したかわからない。
 台湾南部の高雄基地に、紫電改で編成された第701飛行隊が
 あった。
 そこに、やって来た少年飛行兵の滝城太郎が主人公だ。
 彼は独自の戦法で数々の敵機を落としていく。
 しかし、最後は特攻隊として敵艦に向かって飛行していった。

 最後がよかった。
 涙が出てくるんだよね。
 これを読んで、「戦争はもうイヤだ!」と本当に思ったものだ。
 ちばてつやは、少女漫画も描いていたし、スポーツ物もたくさん
 描いている。
 どの作品も秀作で、大好きな漫画家のひとりである。

「おれは鉄兵」や「のたり松太郎」「あした天気になあれ」「あしたの  ジョー」「ハリスの旋風」などたくさんある。

「あしたのジョー」は矢吹丈というボクサーを描いた漫画だった。
 粗野だった矢吹丈がボクシングを始めることで、次第に技術が
 向上し人間的にも成長していく。
 彼の繰り出す「クロスカウンター」は凄かった。

「のたり松太郎」は相撲の世界を描いた漫画で、親友の田中君との
 やり取りが痛快だ。
 酒が入ると別人になる田中君がいかにも漫画的で楽しめた。


●ちばあきお
 ちばてつやの弟ちばあきおが描いた「プレイボール」と
「キャプテン」は面白かった。

 いずれも野球漫画である。
 ところが、この2本の漫画は今までの野球漫画とは違っていた。
 登場人物が、ひとりひとりとても丁寧に描かれていたのである。
 絵そのものは、あまり上手ではなかった。
 しかし、人間の内面的な部分を、丁寧に丁寧に描写する姿勢には
 感心させられたものだ。

 野球というのは勝負事であり、当然勝ち負けがある。
 しかし、勝ち負けだけにこだわるのではなく、勝ちと負けに至る
 までの過程がいかに大事かということを、私はこの
「プレイボール」と「キャプテン」で教えられたと思う。

 努力の先に結果があるのだ。

 ちばあきおは、泥臭いまでに必死になって「人間」を描こうと
 したのだと思う。

 私は、かつて、ちばてつや、ちばあきおの野球チームと、荒川の
 河川敷で試合をしたことがある。
 ちばてつや先生と一緒に映った写真が残っているが、ちばあきお
 先生と映った写真はない。
 撮っておけばよかったと思う。


●九里一平
 九里一平の「大空のちかい」は、戦闘機隼が愛機だった。

 0戦といえば「辻なおきの0戦はやと」、紫電改といえば
「ちばてつやの紫電改のタカ」だった。
 そして、隼といえば、「九里一平の大空のちかい」だった。
 この漫画は、加藤隼戦闘隊所属の少年飛行兵・早房一平伍長が
 主人公だった。

 ただ、九里一平といえばなんといっても「マッハ三四郎である。
 また、「ファイター健」「弾丸児」などがある。

 九里一平は兄の吉田竜夫の影響で漫画家となった人で、タツノコ
 プロの社長でもある。
 ただし、2005年には、大手玩具メーカータカラの買収に
 よって社長を退任している。


●吉田竜夫
 少年ブックに連載した「マッハGoGoGo」は、自動車を扱った
 漫画だった。
「マッハ号」は、流線型のスマートな車体だった。
 吉田竜夫は九里一平と兄弟だっただけに、絵がそっくりだった。
 というより、吉田竜夫のアシスタントだった九里一平が、兄の
 吉田の絵にそっくりだったと言ったほうが正確だろう。

 辻なおきもこの2人に絵が似てたなぁ。

 同じころ「少年」では横山光輝が「グランプリ野郎」を、
「少年画報」では望月三起也が「0ファイター」というレース漫画
 を連載していた。
 ただし、知名度と人気では「マッハGoGoGo」が一番だったと
 思う。

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