| HOME> 漫画制作で使われる用語の説明>た行>鳥羽僧正 |
![]() |
| 漫画を制作し印刷するまで、業界で使われる専門用語の知識は必須です。打ち合わせの段階から完成まで、専門用語は頻繁に使われます。そうした用語を詳しく解説いたします。 ぜひお役立て下さい。 |
| 鳥羽僧正 |
| 項目 |
| 1.鳥覚猷について 2.大僧正 3.鳥羽僧正となる 4.鳥羽僧正の人柄 |
| ●覚猷について 鳥羽僧正こと覚猷(かくゆう)は、日本仏教界の重職を務めた高僧で絵画にも精通していました。「鳥獣戯画」などの作者としても知られています。鳥獣戯画はユニークな擬人画で、漫画の祖とされています。 実際の鳥獣戯画は、複数の作者が長年に渡り描いた絵巻物だったのです。鳥羽僧正ひとりの作というのは間違いだと考えます。 項目に戻る ●大僧正 1053(天喜元)年、鳥羽僧正こと覚猷は源隆国の第9子として出生しました。覚猷は若くして出家し、園城寺で修行しながら絵の技術も学んでいました。園城寺法輪院では密教図像の集成と絵師の育成に貢献し、自らの絵の技術を磨いていたのです。 その後、四天王寺別当や法成寺別当、園城寺長吏などの要職を歴任し、やがて大僧正に任じられました。 項目に戻る ●鳥羽僧正となる 1138(保延4)年、47世天台座主となりましたが3日で退任してしまいました。そして、鳥羽上皇が住む鳥羽離宮の証金剛院へ移り、同離宮の護持僧となったのです。以後、覚猷は「鳥羽僧正」と呼ばれるようになりました。 項目に戻る ●鳥羽僧正の人柄 1140(保延6)年9月15日、鳥羽僧正は90歳近い高齢で死去しました。鳥羽僧正は笑いのセンスのある人物だったようです。「鳥獣戯画」は、ユーモアと風刺に優れた才を発揮しています。また「宇治拾遺物語」に鳥羽僧正の無邪気な人柄が表れています。 項目に戻る |
| 参考ページ→ 漫画制作講座 著作権 擬人化 鳥獣戯画 鳥羽僧正 肉筆 絵巻物 浮世絵 十返舎一九 河鍋暁斎 北沢楽天 安藤広重 狩野派 琳派 |
| あ行 か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や行 ら行 わ行 |
![]() |
![]() takataka1123@office.nethome.ne.jp |