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| 漫画を制作し印刷するまで、業界で使われる専門用語の知識は必須です。打ち合わせの段階から完成まで、専門用語は頻繁に使われます。そうした用語を詳しく解説いたします。 ぜひお役立て下さい。 |
| ジャパン・パンチ |
| 項目 |
| 1.「ジャパン・パンチ」とは 2.チャールズ・ワーグマンについて 3.「ジャパン・パンチ」復刊 4.「ジャパン・パンチ」の価値 |
| ●「ジャパン・パンチ」とは 1862年から1887年まで出版されていた漫画雑誌です。イギリスの漫画家チャールズ・ワーグマンが出版していました。幕末の横浜で居留する外国人たちの内面を描いた風刺漫画でした。 その後の明治という新時代は、日本が社会的にも政治的にも大きく変遷する過渡期でした。そうした時代を風刺した漫画だったのです。 項目に戻る ●チャールズ・ワーグマンについて 「ジャパン・パンチ」創刊号は64ページでした。当初は不定期刊行だったので、どれだけの号数で発行されたかは不確かです。外国人の間では人気があったのですが、明治政府が雑誌の中で他人を誹謗中傷すれば処罰すると通達したことで、「ジャパン・パンチ」は一時休刊せざるを得ませんでした。 この一時休刊の原因がワーグマン自身の都合だったとも考えられます。どうやら、この時期にワーグマンは結婚してイギリスに帰国していたようなのです。しかし、定かではありません。 項目に戻る ●「ジャパン・パンチ」復刊 ワーグマンは1865年に「ジャパン・パンチ」を復刊させました。その後は年に10〜12号を刊行し続けたのです。内容が風刺漫画ですから、社会やマスコミなどの不合理や矛盾点に焦点を当てていました。ときには日本の内政を風刺し、明治維新についても描いています。 「ジャパン・パンチ」という雑誌名は、イギリスの「パンチ」にちなんでいるようです。「パンチ」とは伝統的な人形劇パンチとジュディの「パンチネロ」の略称でした。 項目に戻る ●「ジャパン・パンチ」の価値 風刺漫画というのはそういうスタンスで描くものです。社会や政治について漫画家がどう考え、民衆がどう理解しているかを風刺します。「ジャパン・パンチ」は、横浜に居留する外国人の目を通して描いた風刺漫画ということで貴重な資料です。 紙面には、日本国内の政治やメディア、外交だけでなく、日本国と諸外国との国際関係についても扱っていました。また、横浜に居留するのはイギリス人だけではなく、他の外国人も住んでいました。そうした外国人に向けながら、しかも多くの外国人を巻き込んだコミュニティ作りを図るという目的がワーグマンにはあったようです。 そのため、「ジャパン・パンチ」は英語だけでなく、日本語やフランス語、中国語、阿蘭陀語、イタリア語などの言語で描かれていました。ワーグマン自身が多言語に精通していました。 項目に戻る |
| 参考ページ→ 少年倶楽部 タンクタンクロー 冒険ダン吉 樺島勝一 のらくろ 北沢楽天 岡本一平 山川惣治 少年ケニヤ 黄金バット 江の島鎌倉長短旅行 ジャパン・パンチ 漫画集団 |
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