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漫画制作で使われる用語の説明


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漫画制作の用語「さ行」
漫画を制作し印刷するまで、業界で使われる専門用語の知識は必須です。打ち合わせの段階から完成まで、専門用語は頻繁に使われます。そうした用語を詳しく解説いたします。
ぜひお役立て下さい。
山川惣治
項目
1.戦後は絵物語作家として活躍
2.少年タイガー
3.紙芝居「少年王者」
4.「少年ケニヤ」連載開始
5.時代は絵物語から漫画へ
6.創作活動を離れる
●戦後は絵物語作家として活躍
「少年ケニヤ」などで有名な山川惣治は、1908年2月28日に福島県郡山市に生まれました。戦前は紙芝居作家として活躍し、戦後は絵物語作家として有名になりました。

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●少年タイガー
戦前には紙芝居が大人気でした。とくに「黄金バット」が子供たちに絶対的な人気がありました。ところが、山川惣治が描いた「少年タイガー」は、その「黄金バット」を抜くほどの爆発的な人気だったのです。「少年タイガー」に登場する敵役には大きな翼があり、全身が黒ずくめでした。

当時、その姿が「バットマン」に似ているという指摘がありましたが、実は「少年タイガー」の方が「バットマン」より7年も前に登場していたのです。

1939年(昭和14)年、「少年タイガー」は日本紙芝居コンクールで一等賞を獲得しました。そして、同年7月号から「少年倶楽部」に短編の絵物語の連載を開始しました。

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●紙芝居「少年王者」
太平洋戦争が終わると、山川惣治はすぐに紙芝居「少年王者」を発表しました。この作品が評判となり、小学館の社長は休眠中だった子会社の集英社から出版することを決めました。当時の集英社は休眠会社だったのです。

すぐに「少年王者」は絵物語の単行本として出版され、大ヒットとなりました。この大ヒットのおかげで、集英社は漫画出版社としての基礎を築くことができたのです。

まもなく、集英社は「おもしろブック」という月刊少年雑誌を創刊し、「少年王者」を看板作品として掲載したのです。山川惣治は戦後の絵物語ブームを牽引する代表作家となりました。

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●「少年ケニヤ」連載開始
1949年、月刊少年漫画雑誌「漫画少年」に「ノックアウトQ」の連載を始めました。ボクシングが題材でした。

そして、1951年には、産業経済新聞(現在の産経新聞)に「少年ケニヤ」を連載したのです。「少年ケニヤ」は大人気となり、その後、ラジオやテレビ、アニメ、漫画、映画化されました。「少年ケニヤ」は山川惣治の代表作となったのです。1954年には、なんと全国長者番付の画家部門で1位になりました。

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●時代は絵物語から漫画へ
しかし、1950年代後半になると、子供たちの人気は絵物語から漫画へと移っていきました。1967年、山川惣治は絵物語の復権を願って「タイガー書房」という出版社を設立しました。そして、同社から絵物語の雑誌「ワイルド」を創刊したのです。ところが、山川惣治の願いも空しく、翌年には「ワイルド」は廃刊となり、やがて「タイガー書房」も倒産してしまいました。

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●創作活動を離れる
山川惣治は創作活動から離れていきました。横浜市根岸でレストランを経営しました。しかし、手形詐欺にあって破産してしまい、一家は離散してしまったのです。1992年12月、山川惣治は心不全のため亡くなりました。享年84歳でした。

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参考ページ→
少年倶楽部
タンクタンクロー
冒険ダン吉
樺島勝一
山川惣治
のらくろ
北沢楽天
岡本一平
黄金バット
少年ケニヤ
月光仮面

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